健康は大事だけど大事じゃない

五体満足で生まれてくれれば

とか、

元気でさえいてくれたらそれでいい

とか


世間ではよくそういうことを言いますが。


私はどうも、そう思わないんですよね。


身体的に、どこかが欠けていても

元気じゃなく、精神的に何か抱えていても

たとえ残りの命がわずかだとしても


それの何が問題なのか?


と、最近強くそう思います。


持病があって、一生薬漬けでも

それはそれでその人にしか経験することが出来ない、とても貴重な体験です。

私もその一人ですが(笑)たまにやけになってみたり、テンション上がってみたりしつつもなんだかんだで今生きてるので、それで良しとしています。


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哲学や宗教では

「誤った考え方や生活習慣が健康を損ねる」

という考え方をよく見かけます。

アーユルヴェーダにもそういう考えがあって、

それはあながち間違ってはいないのかもしれません。


でも、そうではない場合も山ほどあります。


偏りすぎた考え方や生活習慣は体に害になることもあるでしょう。

しかし、そうしたことを全くしていなくても、健康を害することもある。


健康でい続けることに固執して

なんのチャレンジも経験もしないより、


様々なことにチャレンジして

ストレスも痛みも苦しみも味わって


それでもし健康を損ねた時には

自分が何を考え、今後どうしていくか。


そして例えば

もし健康でない子が生まれた時なども

いま自分には何が出来て、

今後どうしていくかを必死で考えて実行していく


そういうことのほうが大事なんじゃないかと思います。


大事なことはいつでも

「いま自分がどう感じていて、自分は今後どうしていきたいのか」を真剣に考えて、それを実行していくことなのではないでしょうか。


人生にとってもったいないことは、


・自分の本当の気持ちが分からないこと

・自分自身の本当の考えを持てないこと

・自分だけの価値観を確立できないこと

・自分を信じる力が足りないこと


ここら辺かな、と思います。

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ピンチはチャンス、って言いますけど。


健康を損ねたからこそ、

健康でない人がそばにいるからこそ、

気が付くことってありますよね。

それが良いとか悪いとかは、どうでもいいんです。


それに気が付いて、

自分の新たな体験・発見として

そこから自分が何を学ぶのか

それが一番大事なんじゃないかと思うんですよね。


病気になった原因を探して

自分や誰かを責めたり。


例えば不妊・不育、流産、

子供の障害についても。

自分や周りを責めてしまったりすると思いますが、

そんなことは、まったくしなくてよいことだと思います。


大丈夫。

これからのことだけを、考えていきましょう。


一見不幸に思える出来事から

様々な展開が始まったり

人が成長したり、思いやりが生まれたり、つながりが出来たり。

それはきっとみんな経験していますよね。


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私は、

いつでも人にやさしく

いつでも健康によいことだけをして

いつでも思いやりに溢れた、なんて

そんなつまんない人間になりたくないです(笑)


良いも悪いも

どちらもたくさん経験して

深~い味わいを醸し出した

色でいうと、もはや何色か分からない、みたいな。

そういう人間になりたいなぁ~


そう思います。



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